しがない内科医の雑念

底辺医がなんか語っとる

病院の口コミは参考にならない

病院の口コミってほぼ意味がない。参考にならない。大病院であるほどそうだろう。大病院の全職員が良い医療・サービスを提供するなんてあり得ないし、全職員の質が悪いっていうのは、現代日本ではないものと信じたい。
ただ中小病院なら、全職員の質が低いこともあり得る。高齢の医師とスタッフばかりで旧態依然とした病院が、都内にも田舎にもある。だいたい近所に住んでる人ならわかるだろう。
クリニックの評判については、院長の性格がおよそ半分くらいの割合で、ある程度は参考になりそうだけど、どうだろう。そもそも口コミを投稿する理由のおそらく半分以上が「恨みがあるから」であって、「良かったから」っていうのは少ない。喜びよりも恨みのエネルギーの方が強く人を動かす。その恨みが正当かどうかは、当事者の言い分からはわからない。勘違い・脚色・嘘・元々おかしい人もあろう(というかそれが多そう)。サクラもあれば逆サクラもあろう。でも単純に、人付き合いにおける相性の問題がほとんどではないか。本当に全患者に対して悪質だったらクリニックは継続できないから、たまたまその一患者の逆鱗に触れたから★1つのこきおろし口コミを頂いたというだけ。ただ、迂闊な院長はそれをたびたびやらかす。ほぼ全患者にうまく接する医者は、人格者かもしれないし単なる八方美人かもしれない──ニセ医者ほど人当たりが良いというし。

大病院(基幹病院)は医者と患者数が多いから偶発的逆鱗及びやらかし医師の絶対数が多く、おかしな患者及び逆鱗患者の絶対数も多く、悪い口コミが多い。恨みを持つ人は高率に悪い口コミを書くけれども、素晴らしいサービスを受けて褒め口コミを書く人は少ないので、悪い口コミの数と割合は増える一方だ。つまり口コミで高評価の割合を上げるには、良い医療を提供するよりも、ただ(主に接遇における)失敗をしないことの方がずっと大事ということになる。ただそれが患者利益になるとは思えない。口ばっかりで態度は良いけど医学的には疑問で儲け主義、というところは多い。
大病院ではさらに、重症患者が多いから近隣住民からは「あそこの病院に行くと死ぬ」という噂が立ちやすい。繰り返すが、例えば大学病院で医療レベルが低いっていうことは普通はない(と信じたい)ので、こういった噂はおよそ間違っている。むしろ重症例をどんどん受け入れる総合(大学)病院ほど頼りになる病院はない。「失敗したことのない外科医とは、簡単な手術しかしない外科医である」の逆。
例えば地方で、近隣に他の病院がない場合は、評価など意味がない。評判にかかわらずそこで診てもらうしかないんだから。選択肢がある場合のみ評価の意味がある。つまり評価とは相対的なものだが、口コミのほとんどは他の病院と比較をしてない一意見のため、それが集まっても比較の参考にはならない。クレーマーが行きやすい病院かどうかは、わかるかもしれない。

患者というのはこういうことがわからないから、Google他の口コミや、知り合いの評価や、「名医のいる病院2022」みたいなのを読んだりする。医者からするといずれにおいても見当違いな意見がほとんどである。一番簡単なのは、信頼できる身近な医者に相談することだ。それをせずに素人がネットや本で正解に辿り着けると考える浅はか。
最後に、最も顕著に口コミ評価が意味をなさないのは精神科(クリニック)である。精神科の口コミは必ず荒れる。客の多くが正当に評価をできない人なので、口コミは患者の脳内のカオスそのものとなる。