しがない内科医の雑念

底辺医がなんか語っとる

カエルの子は帰る

同級生の子女が同じ大学医学部に入学したという話をよく聞く。自分もそういう年頃になった。
残念ながら我が出身校は三流私大と言っても同業者のほとんどが納得するであろうほぼ底辺である(ほぼ、を入れてしまうところが心の弱さ)。例えば都心の医学部に受かればそちらに行ったほうが少しは格好がつくし、学費もやや安かろう。でも大学の知人の子供が医学部に入った、というと体感では9割がた、自分達の出身校である。
みんなそんな愛校心があるとも思えない。底辺ゆえ大学のブランドは希薄だし、学内でも某K大のような愛校心や結束なんてあるわけない。
となると理由は、同窓生らの子供の学力は自分たちと同程度ということか。みんな子供を医者にしたくて、さらにもしかしたら私立ゆえ面接で「父and/or母も当大学出身で」と言うことで好感が得られるのかもしれない。(同窓生子女枠Legacy admissionsは米国では一般的。なお出身校の入学に際し寄付金であれこれ、と言う話は聞いたことがない(注))
出身校が家から近いから、は理由にならない。首都圏にはそう遠くないところに医学部がいくつもあるから、自宅から通えないこともなかろう。もし他の少しでもレベルの高い医学部に受かれば普通はそちらに行くだろう。その方が格好がつくし、学費もやや安い。ただ、似たような条件の医学部から選ぶなら、よく知ってる自分の出身校を薦めやすいだろう。
子供が自分の出身校より難しい大学に入ることを希望はするが、学力は遺伝するので、そういうことは残念ながら稀だろう。受験が厳しくなっている現在、子供が同じ大学に入れれば御の字とすべきか。

(注)学力に大差がないなら金銭的に貢献する人を優遇することは私学としては経済合理性がある

追伸・いくつかの知見が上記を裏付ける
1. 大学入試学力試験はIQと相関する(相関係数r=0.7〜0.8程度)
2. (推測IQ)
 国公立医学部上位:平均120〜130程度
 私立底辺医学部:110前後
3. 学力の親子間相関係数はr=0.4〜0.5程度。IQの遺伝率は成人で0.6〜0.8

 

#入試における寄付金優遇はどうかと思うが、前も書いた通り、女性・浪人生(高齢者)の減点についてはある程度の合理性はあると思う。限られた枠を埋めるのに、試験で点数さえ取れば、医師としての生涯労働力(労働時間x勤続年数)、さらには大学および社会への貢献が明らかに低いことが予想される人を採用すべきだろうか?それよりも入学試験の公平性の方が重要?

参考:公正な医学部入試は日本の医療に貢献するか - しがない内科医の雑念

日本の医療制度で、直美は自然な経済行動

『なぜ若きエリート医師は「直美(ちょくび)」を選ぶのか』
ゆな先生という投資家(医者の匂わせもあり)のNOTE記事について。
課金して全部読んだ。
まとめると、かつてのように医局に所属して大学病院や関連病院でこき使われ消耗する医師人生に疑問を持つのは当然である。努力と報酬が釣り合わない。一方、自由診療(美容医療)はやっただけ儲かる、というか楽で高収入なので、若く優秀な人材がこちらに流れるのは当然である。今後医療は、質の低い保険診療と質の高い自由診療に二極化するであろう。開業医の利権団体である医師会が悪い。高齢者の負担増、予防医療への投資、全国共通電子カルテネットワークを提案している。

医師会云々以外については概ね妥当な見解だろう。医師会は何かと悪者にされるが、現在では厚労省の言いなりでそれほど力もない地域医療管理係でしかないので、内情を知らないと思われる(もしくは私が深〜い裏事情を知らないのか)。あと個人的には著者がどれだけ高学歴なのか知らないが「低レベルな私立はともかく」という学歴至上主義的表現は鼻につく。自分が三流私立出なのもあるけど、底辺医大出身でも良い先生はたくさんいるし、東大医学部出身のクズもいることは医者をやってれば誰でもわかる。

自分も、優秀な医師が美容医療に進む一因は、努力と報酬の市場の歪みによると考える。つまり保険診療では努力・責任・公益性が収入に反映されにくく、美容医療では自由価格で売上に連動した報酬とQOL改善が医師個人に反映される。そのため合理的な医師ほど美容医療に流れる。

日本の医療の失敗は、政府と厚労省の責任と言って良い。逆に良い点は、それらによる法・環境整備と、現場の医療関係者の尽力による。
現在の日本で保険医療中心の医療経営をやっている人はすごいと思う。勝ち目がない戦いに見える。今後長期的に勝ち続けるのはバカラ賭博のように難しい。なぜなら政府と厚労省が、日本の経済的衰退をそのまま現場に押し付けているから。金は出さないけど今まで通りの医療は続けろよ、と言われても無理だろう。厚労省のやり口はいつもこう。強化したい分野の保険点数を上げ、その分野の参入が十分に確認されたら点数を下げる。もしくは少し儲かって目立つ分野があれば、点数を下げたり規制する。ルールは複雑になる一方。保険医療は、胴元がルールと配当を決めるゲームである。しかも胴元は支払いを増やしたくない。プレイヤーである医療機関が大きく勝てるはずがない。
医者の報酬を下げても無駄だ。なぜなら医師人件費は病院支出の10〜15%程度なので。例えば勤務医の報酬を半額(年収800万円)程度にすれば単純計算で5〜7%の支出を抑えられるが、そんな病院で働く医者はいない。日本全国そうしたら医師を目指す優秀な若者は激減し、医学部の偏差値はGMARCHレベルになるだろう。すなわちそのレベルの人間が医者になる。医者は誰でもやれる仕事になる。どんな医療になるか楽しみだ。さらには臨床医による世界に通用する研究はほぼなくなり、日本は海外の医療技術を買うだけの国になる。医療費、安全保障、国民の健康が外国依存になる。

臆病者の自分は、平和な毎日を送りたいので慢性期の高齢患者が多い施設にいる。毎日、市の健康診断をしている。認知症の90代に健康診断・胃がん検診の内視鏡やら、帯状疱疹ワクチン(10年もつシングリックス®希望!)といった医療を日々提供している。年齢で切るのは難しいが、こういった方々への過剰医療や、さらには終末期の延命治療に国費を投じることに毎日疑問を感じている。が、自分個人としては何もできない。参政党に投票したくもない。政治家が高齢有権者にいい顔をしてその場しのぎの政策を続け、日本の衰退を加速させるのをただ見ているしかないのか。今さら小児やら救急医療に転進もできないし(一次二次救急は半分くらいコンビニ受診で辟易するだろう)。

若者に医者を勧められない

参考:医療はオワコン

自施設のような場末でもたまに見学の学生が来たりする。なぜ医者になりたいか聞くと、当然面接対応で決まりきった回答が返ってくる。大抵は社会貢献・奉仕と言うけど、ドラマで憧れて、と言う正直な子もいる。高収入ももちろん動機の一つとのこと(今後は厳しいよ、と釘を刺しとく)。
あるアンケートだと

医師を目指す理由
 世の中の役に立ちたい 48%
 病気を治したい 44%
 高収入 35%
 自分と家族が世話になった 21%
 映画や本で興味を持った 20%
 ステータス性 17%
 両親が医者だから 16%
 偏差値が高いから 11%

案外、偏差値が高いからという理由が少ない。最近の受験競争だと、偏差値+社会的ステータス(高収入)で医者を目指す人が多そうだけど、そういう高学歴者は本心を言わないのか、それとも本当に上記の通りなのか。
もしくは本当に優秀な人は、医者がもうおいしくないことに気づいているのか。基本的に臨床医は末端労働者なので、国を動かすような大きな仕事をしたければ、医者になるべきではない。

これから日本で医者になるデメリットをAIに聞いてみた(それを当方がまとめた)。重複的な項目が多いけど。

価格決定権がほぼない
高スキルでも、保険診療中心だと単価は制度で頭打ちになりやすい。 給料も経営も制度に左右される。経営が悪化すれば労働は不自由できつくなる。

混合診療の制約が強い
日本では、保険診療と自由診療の併用は原則自由ではないので新しい治療・検査・サービスを柔軟に組み合わせて提供しにくい。

“患者に最適”でも“制度上できない”ことがある
国は国民医療費を減らそうとしているので、必要でもお金のかかる治療は許可されない(=保険で治療できない)。一方、「必要そうだが採算が悪い」「手間の割に評価が低い」業務が残る。

書類・規制対応が多い。制度変更リスクを個人が被る
日本の医療を決めるのは厚労省で、現場をよく知らない彼らがしょっちゅうルールを変更しどんどん増やすので、医者も事務方も対応が負担。診療報酬改定とか偏在対策とか専門医制度変更とか

応召義務が心理的負担になりやすい
普通の商売なら悪質な客は相手しないのも自由だけど、医者は正当な事由なしに断れない。

長時間労働が制度的にまだ残る
医師の働き方改革は始まったけど、医者はまだ他の職種並みにはなってない。

地域偏在が強く、不自由
都会は自由だが医者が多くて過当競争だし、地方は医者不足で重労働かつ医局の支配力が強く不自由。偏在是正は今後さらに進む方向で、都市部集中や人気診療科集中は制度的に抑制されやすい。 

研修の自由度が低い
希望の病院に就職するのが難しい

収入は高めでも、リスクに対する上振れが小さい。開業しても“自由業”ではなく半官製産業に近い
保険診療中心では報酬の上限が制度依存で、金融・IT・起業のような非線形な上振れは起きにくい。労働時間・責任・訴訟/クレーム・当直負担を考えると、期待値が見合わないと感じる人は多い。

社会的期待と制約の板挟みになる。“責任の重さ”と“交渉力の弱さ”のミスマッチ
患者は“いつでも良い医療”を期待し、制度は“限られた人とカネで回せ”と求める。医師個人が不足資源の板挟みになりやすい。これは日本の国民皆保険の長所の裏返しでもある。 人命責任、夜間対応、訴訟・クレーム耐性が必要なのに、価格交渉力や働き方の自己決定権は強くない。

若いうちの時間コストが極端に重い
医学部6年、初期研修、専門研修のために30代前半までの人生を捧げる必要がある。ほとんどの人は、医者以外何も知らない・できない人になる。

以上、一言で言えば、日本の医療は厚労省がガチガチに決めたルールに従っているので*、構造的に不自由で儲からない。
*:美容関係(皮膚科とか形成外科)の自由診療を除く

では自分は後悔しているかというと、してない。仕事内容的には(そこそこ)自分に合っているので。自分はバブル期が終わった頃に大学に入った世代で、就職後しばらくは現在ほど医療費削減の煽りを喰らってない。結果的に給料はずっと変わらない感じ——30年近く給料が上がらない仕事っていうのは普通に考えたら終わってるんだけど、昔は良かったってことか。
日本が上り調子の時はお金が潤沢に流れるけど、下り坂の時は医療費も絞られるので、今後は医者の年収は現在の価値で平均1千万円程度になるんじゃないかと想像する。さらに考えられる今後の医療への締め付けは、開業制限、管理者要件に過疎地域勤務経験、診療科制限、就労地域制限(地域枠の増加)、専門医取得・維持の実質義務化(加算で差別化とか)、夜間休日診療義務(ないし参加有無を公表)、地域別単価(首都圏だけ1点8円)といったところか。おとなしく勤務医してれば被害は少ないけど、それは悪い言い方をすればつまり厚労省・行政、病院、地域住民の下僕(上級奴隷)として現場で働くこと。
ただ今後、業務は以前より楽になるだろう。具体的には、当直明けそのまま=36時間くらいの連続労働がなくなるとか、当直頻度が下がるとか、総合病院の外来地獄が少し楽になるとか、頻回の呼び出しや実質休日なしということがなくなるとか。たぶん。

40代のつまずきと、生涯現役という病

自分は40代で能力と意欲低下を強く自覚し研究やキャリアから労働のコスパ重視へと転向した。同世代の多くも、この頃に似たような感覚を持つのではないだろうか。
流動性知能と結晶性知能(Arthur Brooks)
流動性知能 (fluid intelligence)
 新規問題解決・処理速度・独創性。20〜30代をピークに、40代から低下
結晶性知能 (crystallized intelligence)
 経験・知識・知恵の蓄積。60代以降も上昇継続しあまり衰えない

自分は流動性知能の低下に打ちのめされた。現代は変化が激しすぎて特定の具体的知識はすぐに陳腐化し、結晶性知能の価値は低いとも考えられるが、知識の扱い方は加齢とともに熟練できる。例えば
 新情報をどう解釈するか
 答えのない状況での意思決定
 バラバラな情報を繋ぐ能力
 何を調べるべきか
といったAIが苦手とする領域がそれにあたる。これは流動性知能で活躍するプレイヤーから、結晶性知能を活用するマネージャーへの移行を意味する。

そのような移行ができない人は前線を退くか、あるいはその場に留まり続けて「生涯現役」問題——周囲に迷惑をかけながら現役にしがみつく——を引き起こす。その背景には
 (最先端の現場から)引退後の自己像が構築できていない
 能力の衰退を認めることが存在価値の否定になっている
 結晶性知能への移行を「負け」と解釈している
という心理がある。

自分の場合は良くない地頭をフルに働かせて臨床研究をしていたけれども、新たな領域や統計手法を取り入れられず、読んだ論文も定着しなくなってた。流動性知能の低下に直面した結果、研究環境を離れほぼ老人相手の臨床専従施設に移った。情報のメタ解釈やリーダーシップ能力も低かったので、結晶性知能を活かしてそのまま大学・大病院に残る選択肢はなかった。

大学ではさすがに、最新研究についてゆけない中高年の先生が高いポジションに留まることは難しいけど(たまにいるけどね。教授が首を切れない・飛ばせない万年講師)、臨床現場では80歳近いおじいちゃん先生が昔の処方と、難しい問題を無視して(予約外・緊急は他の先生に投げる)居座って生涯現役ズラしているのが見苦しい。それは熟練とは逆の、精神的な未熟さの表れ。患者と施設の利益を考えれば、施設管理者はそのような状況に毅然と対処すべきだろう。

人生の転機

なんかお腹が痛い、それほどでもないけど、っていう患者が来て、造影CTしたら膵癌だった。先は長くないだろう。つい先日、腹部エコーやってて何でもなかったのに。技師の腕は悪くないけど、膵臓は全部きれいに見えることの方が稀なので仕方ない。70代だから、客観的にはとても不幸っていうほどでもない。5〜60代で膵癌で早逝なんてのも、それほど珍しいことじゃないから。
ということで人生どうなるかわからない。自分は現在のところ小康状態である。幸福というには腰痛その他で薬がないと生活できないし運動もできないし、不幸というには結婚して子供がいて金に困ってもない。これからすごく幸福になることはないだろうが、すごく不幸になることはありうる。考えても仕方ないが。
幸い、これまでの人生で大失敗をしてないので現状であるが、今考えるとたまたまラッキーであったとしか言えない。自分の能力や努力が素晴らしかったことは決してないので。

1. 医学部合格
医学部は今の方が難しそうだ。成績さえ良ければ向き不向き考えず誰でも医学部を目指すようなので。私学に入れる金のある家も多そうだし…うちもそうだったが。自分の場合、高校はレベルが高くなくて(受験するのは少数派で、自分で勉強してくれって感じだった)、専門予備校等でしっかり準備したわけでもなく、大手予備校に通ったけどついてゆけず、半ば独学で簡単そうな参考書を繰り返しやってたまたま受かった感じの一浪なので、そこで落ちてたら翌年以降も受からず、やむなく歯学部なんかに行ってた可能性もある。実際、親が知り合いの歯医者さんに大学へ口利きしてもらいそうになったし(あれ依頼するといくらだろう?当時でも500万くらいだろうか)。尚、医学部合格後にはもれなく寄付のお願いが来るけど、別に出さなくても問題なかった。実家は当時はバブル期(直後)で若干余裕があったけど、それでも学費を払うのがやっとだった。医学部は、入ってしまえばあとは苦労はするけどほぼ医者になれる。たまに、全く向いてない人が合格しちゃうと、どうしても続かず退学することはある。
歯科医になってたらどうだろう。自分はあまり手先が器用じゃないので、少なくとも腕が良い歯科医にはならなかっただろうし、収入も現在よりも低いだろう。医師の平均年収1300万に対し、歯科医は800〜1100万とのこと。感覚的には、歯科のバイトの時給は医科の半分くらい(≒現在のアメリカの平均時給)なので1千万に達するには結構長時間労働になりそうだが。フルタイムの医師の年収は日当直やら時間外を含めるともっと高い印象。内科勤務医は一般的だけど歯科だとどうしても開業志向になる。歯科クリニックはそこらじゅうにあるからうまくやらないと客が来なくて、借金が返せない。陰性想像ばかりしているが、クリニックが流行って家を建ててベンツに乗っていたかもしれない(想像もつかない)。

2. 結婚
結婚なんてするまで全く考えてなかったけど、医者になって3年目くらいで結婚した。当時でも早い方だろう。今考えると人生経験のためにもっと遊んでおけば良かった。けどそういうのは失敗しがちで、遊び相手の一番ブスとデキ婚という話もよくある。男の医者なら40歳くらいまでは全然結婚できるけど、そういう賞味期限ギリギリまで取っておくみたいなのはあまり良くない。40代の子育ては体力的に厳しいし、子供が大人になったらこちらは老人になってしまう。
共働きだと結婚しても生活はあまり変わらない。同居しているというだけ。ただ子なし共働き期間は、金銭的には余裕ができる。医者なら家を買わない限り金に困ることはない。一方、都内在住の勤務医で専業主婦と子供がいたら、お金に余裕があるわけない。結婚相手の条件としては、働いていること(専業主婦は遊び人にしか見えない)、性格が基準値内にあること。これをクリアしていれば成功と言える。

3. 医局をやめる
こんな自分も当初は大学院に行って研究志向だった。当然そのまま大学に残って研究して大学院生の世話をしたり論文を書いて、助教授くらいにはなるのかなと思っていた。教授になろうというほどの野心や自信はなかった。が、教授が変わって出向させられて考えが変わった。大学よりずっと給料が良い一般病院で患者だけ診てる方が快適と気づいた。2年くらいして大学に戻るよう言われたのでもう1年出向させてくださいくださいと言ったら、じゃーもう知らねえから、と医局をクビになった。昔気質の教授である。その後次から次へと教授が変わったり色々面倒が多い大学医局を遠くから眺めていると、あの時クビになって医局を離れて良かったと思っている。以後、しばらく出向先に居て、そこも面倒になったのでより楽な施設に転職した。収入は減ったが楽だし趣味に集中できるので、これで良い(ただこの先も現状維持できるかわからない)。
地方ではいまだに医局の力が強いので、このように自由にはならないかもしれない。

4. 子供
30代はお互いに仕事に集中しててまだ子供はいらないと思っていた。というか子育てなんて想像もつかなかった。内科医は10年くらいやってようやく一人前な感じなので、そうすると30代半ばになる。そろそろ子供を、と思ったけどこの歳だとそう簡単には出来ない。もう出来ないかもという不安も強かった。数年間、不妊治療に通ってようやく子供が出来た。
できる前は、子供をかわいいと思うだろうか・単なる負担増では、と思ったけど、子供ができると世界が変わった。子供中心の生き方になった。医者として自分の代わりはいくらでもいるが、親としての自分は唯一無二である。子供が出来ない人も多いし、そういう人の気持ちもよくわかるが、それでも敢えて言うならば子供がいるといないとでは人間理解の解像度が段違いである。

5. 投資
上記に比べたら比較的どうでもいいこと。確か20代から株をやって個別株を少々遊んだり、当時(平成中期)は日経平均インデックスのドルコスト平均法が今のSP500/オルカンみたいに必勝法と言われており(当時外国株は敷居が高かった)、でも買ったり売ったりして大して儲からず。金儲けがしたいというより、将来の生活安定のためにできることは何でもやろうという比較的正当な動機だったが、やってることは投機だった。
そのうちFXが流行って、その頃はドル円がレンジ相場だったのでボリンジャーバンドだけで勝ててたけど、トレンドが出てきたら当然負けて、それを取り返そうと倍倍プッシュして損切りなんて知らないもんだからドツボって年収を超える含み損が年単位で続き、しばらく鬱気分だった。その後なんとか持ち直し、結局常識的な金額で損切りしてFXから足を洗ったのは、今思うと良い経験だった。為替だから数年待てば戻るけど、株その他だったら終わる。当然だけど素人が為替やら個別株で勝つのは難しい。大抵はトータルで負ける。あそこでもっと負けてたらと思うとゾッとする。医者は普通に働いて浪費しなきゃ貯金できるんだから、リスクを取って大儲けしようとする必要ない。と言いながら、現在もバフェット的負けない投資を模索している。もう大負けはしないだろう(笑

医療は儲からない必需労働

場末の町医者(勤務医)だとほぼ老人の相手で、95%以上の患者は安定してて健診だの血圧だの、もしくは生活保護や高齢独居で暇な人の話し相手だったりと、医者なら誰でもできる(注)仕事で、定時に終わるし労働時間も短く、実労働としては例えば総合病院で救急外来やら入院を診る先生の3分の2程度かと思う(もっと少ないかも)。けれども給料はそれほど違わない…と思ったけど週5.5日以上(夜間休日・日当直)忙しく働けば勤務医でも2千くらいいくから、それだと計算通りかもしれない。
注:直美先生とかは内科外来もできまい。やったとしても外科系医の開業の内科標榜以上にあやしい

医療は儲からない

医者は若い時期の15〜20年くらいを職業に捧げているから現在の報酬で高すぎるということはないと感じている。子供の頃から不思議に思うのは、衣食住や生活必需品よりも、それに関係ない例えば娯楽関係の仕事の方が儲かっていること。タレントやインフルエンサー(音楽関係含むメディア出演者)、ゲームや漫画等創作、スポーツ関係(興行、プロ選手、レッスンやトレーナー)、広告や娯楽プラットフォーム(Google検索、SNSYoutube:いずれも大企業だが)など。
もちろん当たって儲かってるのはごく一部で、大半はそうでもなかろうが、それでもタレント、人気スポーツ選手、パチンコ屋はみな羽振りが良さそう。個人的には贅沢品・ブランド関係(高級車関連、ロレックスやブランドバッグ等の売買、美術商─有名芸術家はブランド─)も気になる。
さらに言うと金融関係は、銀行・保険等社会インフラから、投資ないし投機(ほぼギャンブル)まであって、後者は上記"生活に必須ではない娯楽"に近い。

なぜかと考え調べた。

1、需要の上限の違い
  必需品は1人あたり消費量に上限がある(食事・水・日用品)。一方、娯楽は時間と関心を奪い合い、上限が相対的に高い。
2、市場規模の違い(グローバル化
  娯楽はデジタルで複製コストほぼゼロで世界同時に売れる。必需労働(医療・介護など)は地理・資格・人手に縛られ、拡張しづらい。
3、価格は“必要度”ではなく“交渉力と制度”で決まる
  必需領域は規制・保険・公定価格・予算制約で上限がかかりやすい。娯楽は価格設定の自由度が高く、求める人がいればいくらでも値段を上げられる。

医療は必需労働で制限も多く(特に日本では)、儲からない側の仕事である。

資本主義は人間の欲望に合致して発展する仕組みなので、社会が一定以上に豊かになれば余剰の富とサービスは娯楽と贅沢に向かう。現在地球上の8割くらいの人はとりあえず飢餓状態ではなく携帯電話も持っていそうなので、そうするとそういう人たちの余剰を受け入れる娯楽やら贅沢品関係の職種の方が報酬効率が良いだろう。医療なら高級な健康診断という贅沢品でも売れば儲かるだろう。

必要ではない医療の方が報酬効率が良い

上記文脈を医療に当てはめると、本当に必要な医療よりもそうでない医療の方が楽で儲かるということになり、実際そうかと思う。日本では勤務医の給料はどこでも大差ない前提だと、仕事量が多いほど報酬効率が悪いことになる。仕事量の差は医師偏在に依る。その理由は
#自分がやっている場末内科外来、老人の健康診断だの血圧やら話し相手というのはどちらかというと”必要ない医療”だろう。落ち着いてたらそんなの半年に1度の受診で、薬は薬局で瓶ごと買う米国式で十分だ

理由1:(診療科偏在)自分より若い世代の医者から(おそらく就職が2000年代)、診療科目選択において労働環境を重視するようになった。つまり自分を必要としている・興味のある科よりも、キツすぎない→楽で儲かる科に流れるようになってきているように見える。そうすると仕事がきつく不人気な外科系、産婦人科、小児科は人手不足でさらにきつくなるという負のスパイラルになる。
理由2:(地域偏在)地方は医者不足で総合病院は常に忙しい。すなわち必要性の高い地方の勤務医は報酬効率が悪い。一方都会は病院も各科の専門医も多数で、個々の必要性は低い。そして普通は急性期患者の搬送先がないとか、受け入れたけど対応できないということもなく、地方の勤務医と比べると労働時間やストレスは低い。

ということで自分は現在都市部の場末でヌクヌクやらせてもらっているが、施設は赤字で給料は控えめで、将来不安は大きい。

厚かましい患者

10年も通院しているけど、毎回会いたくないな〜と思う患者がいた。最近、転医してくれて助かった。

・毎回「調子どうですか?」「とても悪いです」→不定愁訴多数
・話が長い。迂遠。なぜ私が病気なのか?という根本的な疑問を毎回ぶつけてくる
・私が**なのは**だから、と謎の理屈で全ての症状を説明しようとする
・症状多彩なので色々薬を出すも、全部「副作用で調子が悪くなった」「合わない薬を飲まされて酷い目にあった」と継続できない。(ということはそもそもその薬は必要なかった?)
・結局、前から飲んでいる薬を続けるのみで、風邪薬ひとつ出せない。(と思ったが、そのうち薬を出せないことは医者にとっては楽であるということに気づいた)
・手が痛いので大学病院の教授宛に紹介してください→(いつものことなので断ると)近所の整形外科行ったら紹介してくれました。処置が必要だったそうです。(例えばばね指で注射とか)。先生は紹介してくれなかったので手遅れになりかけました。(などとさも医者の失敗のように解釈して言ってくるけど、責めるような口調でもないのが却って不気味)
・近所に新規開業したクリニックの評判が良いから行きたい。女医だし。紹介して。
 →紹介状出してさよなら
 →(先生に言うことを思い出したと、外来に戻ってきて)先生の名刺をください。困った時に先生に直接電話するので
 →そういうサービスは行ってません。本当にさようなら