しがない内科医の雑念

底辺医がなんか語っとる

医者の学歴

面倒なので細かく説明しない、よって今回に限らずこのブログの内容は医者にしか通じないかもしれない。
今回の内容については、書いても仕方ないとは思うが(どうせ肌で感じているだろうから)、確認のために。

将来、出世したい(=教授になる)なら一流大学出身である必要がある。逆に言えば、三流大出で出身校以外の医学部教授になることは稀(特に私立出身者の場合)。

実感として、私大出が他大学の医学部教授を目指すという状況は想定しがたい。自分は誰それがどうといった事情にとても疎いが、私大出身で国立大医学部教授になった人って非常に稀だろう(教授といっても前線の軍曹というような例えば救急科みたいなのはありうる)。

私大出で教授を目指す流れとは。卒後そのまま出身大学の医局に入り、素直に出向などしつつも基本的に大学に残って好きなことをこつこつやって、タイミング(教授退官時に自分が40歳台後半から50歳前後で講師以上)が合えば教授選に出てみようかと、そういうことで、よっぽど実力(というか知名度?)がないと、教授陣は選挙で他大学(特に私大)出身者の若造を推すことはない。特に一部私大は教授選といってもほぼコネで、他大学出身者が教授になりにくいところもある。そういったところは研究や臨床もショボくて学会でも相手にされず、すなわち大学の実力として低いんだが、そんな近親婚みたいなことしてたら弱体化するのは当然だろう。
よく知らないけど旧帝大出身ならどこの教授選でも問題なさそう(東大は東大出身以外ダメとかあるのかな?考えた事もない)。慶応は、上記コネ大以外の私大ならどこでも可能そう。旧帝大以外の国公立は微妙、その分野ですごければ、どこでも教授になれる可能性がある(ただし旧帝大は難しい)といったところか。

最近は、大学医学部・大学病院および関連基幹病院でずっと忙しく働くのが偉い・当然という価値観も若い人には通用しなくなってきている。金は欲しいがそれほど忙しくない方がいい、というのが普通。自分は、若くないけどほぼ同様で、忙しく働いて大組織やら学会で大きな顔をすることに興味がない。金は必要だが、そんなにたくさんはいらない。それには多くの仕事量か、リスクを取る必要があり、それはやりたくない。そうするくらいならつつましく暮らす。とまぁ、昔の人からしたら小さくまとまってきてるが、そういうミニマリスト志向も時代の流れというか、拡張志向を抑制する自然な社会的フィードバックによるのかもしれない(たぶん日本はこれから衰退するし)。

ということで、中小医療機関に流れると、学歴なんて関係なくなる。そういうところは、どうせ医者なんていても数人なんだから、医師免許さえあれば、医者の能力とはほぼコミュニケーション能力のことになる。臨床の力量は、まぁあった方がいいけど普通程度なら問題ない、という程度。学位とか客員教授っていうのは、開業する際には名刺やウェブサイトで箔が付くかもしれないが、文字通りペラペラの箔だろう。

でもまぁ自分も何度かどこ大出身?って患者に聞かれたことがある。正確に言うと、「**先生の外来を引き継いだということはあなたも東大出?」と言われ、丁重に否定させて頂いた。そうすると、だいたいそういう事を聞いてくるような人は残念そうな顔をする。仕方ない、あなたが期待しているような華々しい看板はあいにく持ちあわせておりません。。たまにいるでしょう、些細な病気で遠くの東大病院まで通うような人。そういうのは手なずけやすいけど、期待が大きいので私は相手にしたくないから、なるべくならどっかに行ってもらうよう仕向ける。

個人的な経験からすると、勝手知ったる地元なり出身大学(病院)およびその周辺はやっぱり働きやすい。自分のような勉強のできない奴からすると、近くの私立か地方の駅弁大学かという選択において、決して地方で働く気がないなら、近くの私立もありかと思う(ただしあなたのお父さんがお金を出してくれるなら)。