しがない内科医の雑念

底辺医がなんか語っとる

ワクチンバイトという単純作業をしていると余計なことを考えてしまう

退屈しやすい自分がこんな仕事をまる1日できるようになったとは大人になったものだと思う。
ワクチンバイトは、自分が行くところはほぼ問診だけなので、一日中同じことを言ってはどうでもいい内容が帰ってきて、99.5%以上の確率でその問答に関係なくワクチンを接種を許可するだけ。医者がこんな単純作業をするとは。。。って健診も同様だった。看護師に聞くとやはり、一日中同じことを言うのをずっとやってますと言ってた。すごい。連日よく耐えられるものだ。
ワクチンは概ねバイト代が良いので、フリーター医は喜んでやっていようが、医師会にせっつかれてやってる地元開業医は渋々といった具合で、10万程度の報酬はもらっておくけれども、それより休みたいっていう感じだった。それでも開業医の多くは地元住民に貢献せねばという殊勝な気持ちをお持ちのようで、それで医師会の役員もやってたりして、さすが自分とは違うなと思った(尊敬しているわけではない)。
自分としても報酬は魅力的で(以前やってたツブクリバイト時給の倍だし)、それにつられているところが大きいけれど若干は、この機会にボランティア的貢献をしたいという気持ちもある。けれども十分な報酬を貰っているので、そんな気持ちもかき消された。
ただこの単純作業中に我にかえると、これでいいのかと思ってしまう。全く面白さ、創造性のない同じ作業の繰り返しで、人生の時間の切り売りに過ぎないのではないか。ここで10万貰おうが貰うまいが(自分は金持ちではないが特に金に困っているわけでもないので)経済的な影響はほとんど無視できるので、まぁ1回じゃ意味ないにせよ、10回やって100万円貰ったところで、やっぱり人生変わらないし、それならそれだけ自由時間として小旅行でもするか読書か深く人生について考えた方が意義があるのではないか、などという考えにさいなまれる──もちろん、旅行しようが読書しようが深く考えようが何も生まないし変わらないだろうが。
極論すれば使う金以上に儲けても人生の無駄である。金などという“想像上の信用“に目が眩んで人生の本質を見逃すのは人生最大の失敗であり失敗人生である。ただ、人生この先普通に暮らすのにいくら必要かわからないので金はあった方が安心だし、人生について考えるという行為=何もしてないという最大の無駄かもしれないし、無心に単純作業をすることが無我の境地≒悟りに近いとも言える──かもしれない。
結局、半分くらい働いてもう半分は好きにする、程度が良いような気もする。週3〜4日の労働で暮らしてゆくのが目標か。今流行りのアーリーリタイアは、やりたいことがない自分にはあまり向いてない。