しがない内科医の雑念

底辺医がなんか語っとる

医者の話がわからない理由

原始人の脳で科学を理解する
医療の基礎は医学なので医者は科学的(論理的)であるべき。けれども人間の脳は大昔からほとんど進化してなくて(2021-01-12)、ふつうの思考は昔の人と同じように直感的(感覚的)である。人類誕生以降現代までの長い歴史において、文明社会ができたのはごくごく最近なので、現代人もいまだ石器時代人のように科学を理解するのは苦手で、直感に従ってしまいがち。となるとそこに齟齬が生じ、それを仲介するのが医者の仕事である。科学的思考の翻訳者、科学-直感コンバータ。
【参考】
ルポ 人は科学が苦手 アメリカ「科学不信」の現場から (光文社新書)
橘玲「ヒトの脳は旧石器時代からたいして変わっていない」(旧石器時代は3.8〜1.6万年前)
出口治明学長】実に1万年も脳が進化していない人間は、AIとどう共存していくのか?https://diamond.jp/articles/-/270713

訓練した人でないと確率の話は理解できない
医学的には血中LDLーC濃度が高ければ虚血性心疾患の確率が高くなると予測し、地域集団における発症率を割と正確に予測できるけど(疫学・大数の法則)、個人の予想はできない。LDLーCが高ければ虚血性心疾患になる可能性が高いけど、放置したとして”あなたが”発症するかどうか、わからない。コレステロールも血圧も、将来の疾患発症予防のために今治療するのであって、それが実際に有効かどうかは、発症したときに「薬は効かなかった」って分かる他には、薬を飲んでたせいで発症しなかったのか、飲まなくても発症しなかったけど無駄に飲んでたのか、わからない。

思考は認知バイアスの森

ヒトの思考は論理的じゃなくて、常にいろんなクセに引っ張られている(認知バイアス)。診察室で患者に科学的(論理的)に話そうとしてもなかなか理解してもらえないのは、上記のように内容が分かりにくい(確率的な話+医学の専門的な話)上に、認知バイアスもあるから。
認知バイアスは非常にいろいろある。よく遭遇するのは
・(自分に都合の悪い事実を)認めたくない、分かりたくない
・複数の知り合いや医者に聞いて都合のいい部分、意見だけを採用する
・全ての症状に原因があるはず、よく調べればor名医ならわかるはず。自分は何も悪いことをしてないし、そういう病気の遺伝もないから自分が病気になるのはおかしい、正しく治療or療養すれば治るはず。
・n=1を信じる。すなわち知り合いとか、自分の経験がすべて(例:神経痛にメチコバール+加味逍遙散が著効した。大学病院でもわからなかった。このクスリを出してくれた先生だけが名医←病態の医学的説明が困難、すなわち偶然か、顕著なプラセボ効果

患者を啓蒙しようなどと思わない方がいい。患者は医学を理解する必要がないし、個人はそれぞれの認識の中で生きているので、それをこじ開けて変えようとするのは乱暴かもしれない。医者と患者は通じるレベルで意思疎通と意思決定をすればいい。