しがない内科医の雑念

底辺医がなんか語っとる

日本全体が目先の利益追求に走っている

人体 失敗の進化史 (光文社新書)

著者の遠藤秀紀は東大教授の獣医学者、比較解剖学者。発生学はつまらなかった思い出しかないが、こういう先生なら「個体発生は系統発生を繰り返す」ってことも興味深く教えてくれるだろう。本書は系統発生すなわち進化して人間に至る過程を合理的に説明している。
・教育を目標と化した医学や獣医学が教授する解剖学は例外なく愚かでつまらない
・医師が次の医師を生産するという合理的な目的をカリキュラムやらシラバスに掲げた瞬間、ヒトの身体を教育することから、徹底的に進化の視点が排除される
・進化史背景を意識しながら私たちヒトの身体を理解することは、普通の医学による、あるいは星の数ほど居る標準的臨床医によるヒトの身体の理解とは、まったく異なったものとなる

徹底的に、学問は興味の追及が目的であり、医学やその教育のように人類の利益のためではない、というスタンスの著者はホンモノの(昔ながらの)学者であり純粋にカッコいい。そういう視点の方がより面白いし発見も多いだろう。

・人類は短期間での設計変更の繰り返し(≒進化)でできている
・ヒトの健康問題の多くは設計変更の暗部であると同時に、ヒト自身が築いた現代社会が作り出す予期せぬ弊害

直立することで
・前足が歩行に不要→母指対向性→器用さ、道具の取扱い→脳の発達
・骨盤の変形
・言語を操るのに必要なヒト科特有の発声装置(咽喉頭の空洞)ができた→脳の発達

・なぜ言語中枢が左なのかわかってない
・月経は女性にとってなんら生存に有利には働かない
→大昔の女性は2-3年かけて妊娠~出産~授乳するのでその間は月経がない、その後また子作りを繰り返し閉経前どころかおそらく30代までに死んでた。現代女性は生殖周期に関わらないコミュニケーションとしての交尾が成立している。もしくは晩婚化ないし未婚のままのことも多く、無駄な月経だけが(30年くらい?)毎月来続けるという昔とは異なる状態
・学会全体がお金を動かす雑務に翻弄され、興味本位の不要不急の仕事に打ち込む余裕を失っている
・90年代以降の日本が目指した学問は、すぐにお金を生み、すぐに国際競争力となって対価を生み出すような、科学的好奇心というよりは、現実的な技術開発だったのである

我々のように(学問的には)不純な、ニンゲンという種のみの利益追求を目的とする職業・医師であっても興味深い内容。また社会的観点からも指摘通りで、現代日本教育機関も研究機関(一部の病院も含む)も上記の如く目先の利益追求に狂奔している。こんな自転車操業、短期投資の繰り返しでは、ちょっとお金がなくなったりしたら研究面、知的財産、すなわち文化的にあっという間に世界に置いてかれてしまうよ。もう既に厳しいか。